東京地方裁判所 昭和40年(特わ)745号・昭40年(特わ)826号・昭40年(刑わ)4031号・昭40年(特わ)875号・昭40年(刑わ)3681号・昭40年(刑わ)3201号・昭40年(特わ)804号 判決
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〔判決理由〕第二、弁護人の主張に対する判断
(一) 賄賂性に関する主張について
被告人山岡忞の弁護人戸村一正および同黒沢長登、被告人高橋の弁護人の荻野弘明及び同土田吉彦は、右各被告人に対する競馬法違反被告事件の関係において、検察官がその適用罰条として主張している競馬法第三二条の二前段及び同条の四第一項の解釈として、右各法条は刑法にいう贈収賄罪に対応する犯罪類型を規定したものと解されるが、その行為の客体物、すなわちいわゆる賄賂性については、刑法上の贈収賄罪の場合におけるそれよりも限定的に解すべく、例えば、騎手がその騎乗する競走に関し予想をし、その対価として金品を授受するというがごときは、これに当らない、と主張し、その根拠として、(1)刑法上の贈収賄罪において行為主体ないしその対象者とされているのは、職務の廉潔を尊ぶべき公務員であるのに比し、競馬法上のそれにおいては、元来競馬という単なる娯楽に従事する調教師、騎手、馬丁であること、(2)ことに、騎手については、その職種の性質上、いわゆる人気役者、人気力士などと趣を同じくし、憧憬的なフアンも多いところから、かなり高額にわたる金品でもいわゆる祝儀として授受されることが少なくないこと、(3)競馬に関し予想をし、あるいは種々の情報を明らかにすることは予想紙などでも広く行なわれているところであり、ことに、従前は、調教師、騎手、馬丁などがその舎所属の馬の出走する競走や、自らも出走する競走などをも含め、一般的に、あるいは特定人の依頼を受けて個別に、種々予想などをなし、その対価として報酬を得ることが、一種の慣習として、公然と行なわれてきたことなどの諸点を挙げている、そして、以上の各弁護人は勿論、その他の被告人の弁論においても、本件各公訴事実となつている金品授受の趣旨を争い(省略)、かつ、右各法条にいう賄賂を限定的に解する立場を当然の前提として、本件各競走においていわゆる八百長競走が行なわれたことを疑わせるごとき証拠資料は全くなく、かえつて、競走は公正に行なわれたことが明らかであつて、すなわち、被告人らの間に授受された金品は、そのそれぞれの場合において、予想の謝礼、いわゆるお祝儀、さらには、今後の交誼を求める趣旨のものなど、種々の意味合を含むが、いずれにせよ八百長競走とは無関係なものであることを強調して、結局、全被告人につき、無罪を主張しているので、以下、これらの点について、当裁判所の判断を一括して示しておく。
そこで、先ず、右競馬法第三二条の二前段(したがつてまた、同条の四第一項)の趣旨について考えてみるに、右法条において処罰の対象とされているのは、「その競走に関して」賄賂を収受(または供与等)した場合であるが、その行為主体(または、その対象者)とされているものが、調教師、騎手および馬丁であつて、直接競走に出走する騎手の場合はもちろんのこと、馬主から預託契約によつて馬を預り、これを調教、管理するほか、舎の責任者として騎手、馬丁などの統轄を主たる任務とする調教師、この調教師の許にあつて舎作業と持馬の世話を主たる任務とする馬丁の場合であつて、その職務の全てが窮局的には競走に関してなされるものであることにかんがみれば、そして、また、公務員あるいはこれに準ずる立場にある日本競馬会の役、職員などの職務と、調教師、騎手および馬丁の職務との間に存する性格的差異、すなわち、公務員などは、いやしくもその職務に関して金品を授受すれば、既にその点において職務の公正に対する社会の信頼を害すると解されるに反し、調教師、騎手および馬丁の場合にあつては、その職務一般についてよりも、これらの者が関与する特定の具体的な競走それ自体の公正とそれに対する社会の信頼が問題とされるべきものであることを考えると、ここに「その競走に関して」というのを刑法や日本中央競馬会法などにおける贈収賄罪の「その職務に関して」と結局同義に帰するがごとき趣旨にいわば広く解するのは相当でなく、むしろその行為主体(または、その対象者)とされている者の関与する特定の具体的な競走に関してという意味に解することが相当である。そして、右にいわゆる行為主体とされている者の関与する特定の具体的な競走に関する場合においても、競走の結果を予測し、いわゆる勝馬を選ぶについての予想をしたり、あるいは、それに関する情報を提供し、その対価として金品を収受するというようなことは、そのために、ひいては、競走自体の公正ないしはそれに対する社会の信頼を害するようになることは全然あり得ないことではないとしても、通常は、競走それ自体はそのこととは無関係に行なわれることであつて、競走それ自体の公正ないしはそれに対する社会の信頼とは本来直接かかわりのないことであるから、単なる予想、情報の対価として金品が授受される場合が右法条における処罰の対象に含まれるとする見解には、たやすくは賛同することができない。
そして、また、本件各競走において、いわゆる八百長競走が行なわれたかについては、証拠上きわめて疑わしいふしの見受けられる競走も存しないわけではないが、そうでないものもあり、各競走について押し並べてこれをいえば、八百長競走が行なわれたと断定することは証拠上困難であり、相手方である各騎手において、各競走の際に、実際に八百長競走を行なう意思でその騎乗方法に操作を加えたものとは、いまにわかに即断することはできない。
しかしながら、かりに所論にいう賄賂性について前説示のとおり限定的に解し、かつ、本件各競走につき、実際には八百長競走が行なわれなかつたということを前提としても、本件においては、そのいずれの競走の場合にあつても、判示のとおりの各経過、すなわち、少くとも八百長競走の依頼をし、あるいは、依頼をされて一応は承諾の意向を示したうえ、競走前においては、この依頼に応ずることの謝礼として、また、競走後においては、被告人中井ら贈賄者側の者は、右依頼をはたしてくれたとの判断に立脚し、それに対する謝礼として、また、収賄者である各騎手の側においては、とにかく一、二着にはならなかつたという自己の競走結果に対する謝礼であることを知りながら、それぞれ判示金品の授受がなされたものであることは、前掲各証拠上まことに明らかであるから競馬法第三二条の二前段(および同条の四第一項)に規定する「その競走」との対価関係において金品が授受された場合に当る、と解するのが相当であり、これを要するに、各弁護人の前記主張は、その前提たる事実の把握において失当たるに帰し、採用できない。
(二) 任意性に関する主張について
被告人関口の弁護人山崎賢一は、当裁判所が先に刑事訴訟法第三二二条により採用した同被告人の捜査官に対する供述調書、すなわち、検察官に対する昭和四〇年一〇月一三日付および同月二三日付の、また、司法警察員に対する同月二五日付の、各供述調書について、その任意性に疑いがあることを主張し、その理由として、やはり先に、当裁判所において、同被告人の司法警察員に対する同月一一日付、同月一二日付、同月一五日付および同月二〇日付の各供述調書(以下、単に却下調書という)につき、その任意性に疑いがあるとして、これが証拠調請求(編集部注)を却下したことをとらえ、右各供述調書との対比において種々論じているので、以下、この点について、当裁判所の見解とするところを若干説明するが、当裁判所が前記却下調書を採用しなかつたのは、その作成当時の取調状況にかんがみ、任意性に疑いを差しはさむ余地がないとはいいきれない、と認めたことによるのであつて、それ以外の理由、例えば、不当に長い拘留禁があつたとか、取調べにたえ得ないような病状にあり、かつ、これが捜査官によつて利用されたとか不当な利益誘導があつたとかというように、その捜査時における供述全体の任意性に影響を及ぼす性質の事由によるものではないから、いま問題とされている各供述調書の証拠能力を定めるについても、結局、これを個々に検討して決すべきものである。
(1) 検察官に対する昭和四〇年一〇月一三日付供述調書
山崎弁護人は、右供述調書については、却下調書、ことに被告人関口がそれまで否認していた現金五万円の授受を最初に認めた司法警察員に対する同月一一日付供述調書作成の際の不当な取調の影響が残存していた旨強調し、その根拠の一として、右検察官に対する供述調書の作成された際には、検察官の取調中、終始、警察における右不当な取調をしたCM巡査部長が被告人関口の背後で待機、監視していた、ということを挙げている。しかしながら、右CM巡査部長は、当公判廷において、証人として、検察官の右取調の際、被告人関口を検察庁にいわゆる単独押送し、検察官の取調室まで付添つて行つたことは間違いないが、直ちに警視庁に戻つたのであつて、取調中終始背後で待機、監視していたようなことはない、というに帰する趣旨の供述をしているところ(七四五号事件第一六回公判)、この点に関する被告人関口の当公判廷における供述(同事件第一三回公判)は、「(問)検事が調べているときに、調室に最後までいたというのですね(答)はつきりわかりませんけど、いたようにも記憶しています」「(問)部屋まで連れてきて、そのまま帰つたのと違うのですか(答)三回目のときは、検事さんが、今日一寸時間がかかるかも知れないから帰るようにと言つたのです……(中略)……最初の二回はそんなこと言わなかつたし、そこに、僕のうしろの方にいたか、あるいはすぐ出たところにいたか、はつきりしていませんけど、何しろ待つていてくれましたから」というものであつて、同被告人自身CM巡査部長が同室にいたことを目撃しているわけではなく、また、その記憶もかなり薄弱ものであることが窺われ、結局、これらによれば、弁護人所論のごとく、検察官の右取調中CM巡査部長が終始同席していたようなことはない、と認められるばかりでなく、右押送に先立ち、右CM巡査部長その他の警察官において、検察官の取調に対して司法警察員の取調の際と同様のことを述べるよう指示するなどして圧力をかけた、というごとき事実の存しないことは、同被告人もこれを自認しているところであり(七四五号事件第一三回公判)、さらに、当裁判所が証拠採否に当り、叙上の捜査官に対する供述調書全部の提示を求めてその内容を対比してみた結果によつても、右検察官に対する供述調書は、これに先行する所論指摘の同月一一日付、さらには、同月一二日付の各司法警察員に対する供述調書の内容をそのまま援用しているものでないことが明らかであるから、以上のことに、証人KMの当公廷における供述(七四五事件第一八回および第二〇回公判)に徴して明認看取される検察官の取調状況自体をも併せ考えれば、警察における取調状況が、その供述の任意性に疑いをさしはさむ余地を生ぜしめるごときものであつたからといつて、直ちに、その影響が検察官の取調の際にも任意性を害する状態で残存していたと即断することは到底できなく、また、その他、一切の証拠を検討しても、右検察官に対する供述調書の任意性に疑惑を抱かせるような事由は見出すことができない。
(2) 検察官に対する昭和四〇年一〇月二三日付供述調書
山崎弁護人は、右供述調書については、検察官の理詰めの追求の結果不真実のことを述べるに至つたものであることを主張している。
しかしながら、元来、捜査官の理詰めの追求や客観的な証拠を突きつけての追求は、それ自体別に非難さるべき取調方法ではなく、それが黙否権の保障を事実上失わしめるごとき方法、程度でなされたとでもいうのでないかぎり、その結果引き出された供述の任意性に疑いをさしはさむべきいわれはないもの、というべきである。しかして、被告人関口の当公判廷における供述(七四五号事件第一三回公判)および証人KMの当公判廷における供述(同事件第二〇回公判)によつて認められる右供述調書作成時の取調が行なわれるようになつた経緯、すなわち、その際の取調は、山崎弁護人が検察官に対し再度の取調を要請したのに呼応してなされたもので、捜査の必要上とは一応無関係なものであつたことを考え、被告人関口がそれにもかかわらず結局自白を維持した理由として説明していることと、右取調の際の同被告人の態度等に関する証人KMのきわめて説得力に富み、かつ、真摯あふれた説明(七四五号事件第一八回および第二〇回公判、また、右供述調書の記載自体によつてもその一端を窺い知ることができる)を対照吟味すれば、右供述調書の任意性は、充分これを肯認し得るもの、というべきである。
(3) 司法警察員に対する昭和四〇年一〇月二五日付供述調書
山崎弁護人は、右供述調書については、被告人関口において既に気力を失い、捜査官の言いなりとなる状態に陥つた後に作成されたものであり、到底任意性を認め難いものであると主張している。
しかしながら、右供述調書は、被告人関口が同月二三日に起訴された後において作成されたものであつて、捜査完遂のためとしては勿論のこと公訴維持のための補強的な証拠蒐集としても、必ずしも必要であつたとはいえず、強引な取調方法をとることまでして自白を求める必要のない情況の下に作成されたと認められるものであり、被告人関口において不当な取調をした張本人と感じとつている前記CM巡査部長も(このことは、同被告人の当公判廷における前記供述によつてこれを認める)、右供述調書の録取、作成には関与していないことが、その供述記載自体によつて明らかなのであつて、これらによれば、右供述調書の任意性はこれを首肯し得るものというべきである。
以上の理由により、右(1)ないし(3)の各供述調書については、その任意性に疑いをさしはさむべきいわれはなく、この点に関する山崎弁護人の前記主張は、これを採用するに由なきものである。
なお、附言するに、被告人関口の右供述調書のほか、その他の被告人の捜査官に対する供述調書についても、そのそれぞれの弁護人から、任意性に関し種々の主張がなされたが、結局、そのいずれもが失当であり、その任意性に疑いを容れる余地のないことは証拠上明らかであるから、特にここで説明を加えることはしない。(上野敏 篠原曜彦 荒木勝己)